八甲田山(青森県)

山・峠・森 恐怖度 ★★★★★
雪中行軍遭難事件で199名が犠牲となった地。行軍の隊列を見たという話が今も語られる。
語られてきた逸話
八甲田山が心霊の文脈で語られるとき、そこには必ず1902年(明治35年)の記憶があります。近代日本の山岳遭難として最大の犠牲を出したこの事件は、120年以上を経た今も、この山を訪れる人の心に影を落としています。
八甲田雪中行軍遭難事件
1902年1月、陸軍第八師団歩兵第五連隊の210名が、冬季の行軍訓練のため青森から八甲田山中へ入りました。折しも記録的な寒波に見舞われ、部隊は方角を見失って山中をさまよいます。生還したのはわずか11名。199名が命を落としました。
捜索隊が最初に発見したのは、雪原に直立したまま仮死状態でいた後藤房之助伍長でした。この姿をかたどった銅像が、現在も発見地点近くに立っています。事件は小説『八甲田山死の彷徨』と映画化を通じて、全国に広く知られることとなりました。
※ 伝承・噂を含みます。事実関係が確認されていないものもあります。
緯度経度: 40.659, 140.878(位置は目安です)